日替わりコラム
光と言葉
 献労農事課の人たちが練成部の窓に『緑のカーテン』用の竹組を作ってくれました。練成道場新館玄関右横の練成部の窓は南向きで夏場は直射日光が差すので暑くなります。また日差しが直接差し込んで眩しくなります。私の席も窓際に近い為、パソコンの画面に日陰が出来たりしていたので、今まではカーテンを閉めていました。今年の夏は、プランターのゴーヤから伸びた蔓と葉が、優しく光を遮蔽してくれそうです。ありがたいことです。
 この場合の“光”は、私にとって邪魔ものでしかない。しかしこの光を奪われた人たちがいます。
 先日テレビを見ていると、同じ日に別々の番組で2人盲目の人が紹介されていました。一人は「第13回バン・クライバーン国際ピアノコンクール」で優勝したピアニストの辻井伸行さん。各局のニュースで紹介されていただけに、多くの方がご存知だと思います。
 もう一人は東京大学教授の福島智さん。NHK総合テレビの『爆笑問題のニッポンの教養「私は ここに いる〜障害学・福島智〜」』。福島さんは、目が見えないだけでなく耳も聞こえない。先天性ではなく9歳で全盲、18歳で失聴し全盲ろう者となった。人とのコミュニケーションは母親が作った「指点字」。福島さんの手に、指を触れる、その指先のパターンで文字として認識するというもの。番組を見て絶望から生きることの大切さを学びました。
 その福島さんが『先端研ニュース』2001年7月号に書かれた『光、音、言葉』という文章には次のようにありました。

(ここから引用)----------------------------------
(前略)宇宙空間を実感したことがある。それも、地球の「夜の側」の空間のような、ほとんど光のささない真空の世界を。
 「光」と「音」を失った高校生のころ、私はいきなり自分が地球上から引きはがされ、この空間に投げ込まれたように感じた。自分一人が空間のすべてを覆い尽くしてしまうような、狭くて暗く静かな「世界」。
         (中略)
 美しい言葉に出会ったことがある。全盲ろうの状態になって失意のうちに学友のもとに戻ったとき、一人の友人が私の手のひらに指先で書いてくれた。
「しさくは きみの ために ある」。
 私が直面した過酷な運命を目の当たりにして、私に残されたもの、そして新たな意味を帯びて立ち現れたもの 、すなわち「言葉と思索」の世界を、彼はさりげなく示してくれたのだった。
 あれから20年の時が流れた。私の手の上を、この間実に多くの「言葉」が通り過ぎていった。
         (中略)
 「光」が認識につながり、「音」が感情につながるとすれば、「言葉」は魂と結びつく働きをするのだと思う。私が幽閉された「暗黒の真空」から私を解放してくれたものが「言葉」であり、私の魂に命を吹き込んでくれたものも「言葉」だった。私は今、「言葉」によって組み立てられたさまざまな概念と、多様で複雑な現実の諸事象との相互作用のなかに生まれる、新たな思想と知の世界をくみ上げていく仕事に就いている。おそらく、これは何者かが意図した一つの流れに沿う生き方なのだと思っている。
---------------------(ここまで引用)

 生長の家で『言葉』の大切さを学んでいます。それだけにこの福島さんの文章は、自分にとって心を揺さぶられるものでした。
文・写真:錦織 義記6月11日

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