日替わりコラム
無線塔に行きました。
無線塔に行きました。
師走なので12月8日にちなみ針尾島の無線塔に行きました。
西海市と佐世保市を結ぶ西海橋を越え、佐世保市の針尾島の、針尾無線塔を見てきました。
高さ137mという高さのコンクリート塔が1本と135mの塔が2本です。
新西海橋の歩道からだと全景が撮れて3本の位置関係がよくわかります。
この塔は現在は海上保安部の管理ですが、以前は旧帝国海軍の施設で68年前の昭和16年12月に「ニイタカヤマノボレ 1208」の無電を発したことで有名です。
でも現在の若者達には「ニイタカヤマノボレ 1208」そのものが「何それ?」らしく、もやは歴史の1ページで興味もなくなっているのかな、と寂しい気持ちになってしまいます。
「ニイタカヤマノボレ 1208」の無電によって日本とアメリカは戦争に突入し(日本側名称大東亜戦争・アメリカ側名称太平洋戦争)、多くの尊い命が失われました。
この無線塔は歴史遺産として又、平和希求へのメモリーとして保存すべきものと考えますが、いかがでしょうか?
この無電によって始まった戦争は昭和20年8月15日の敗戦によって終結を迎え、海外に出ていた同胞は昭和20年10月14日から針尾島の浦頭港(うらがしらこう)へ引き揚げてまいりました。
引き揚げは昭和25年4月まで行われ、引き揚げ総数は139万6468人にのぼりました。
戦争の開始も終戦の引き揚げもこの針尾島からというのも何かの因縁でしょうか?浦頭引き揚げ記念公園に足を延ばし、記念碑を見たときに強く感じるものがありました。
あの敗戦から64年、平和のメモリーとして保存すべき価値は更に強くなっているのではないでしょうか?
「この塔から発せられた無電によって始まった戦争によって日本だけでも320万人もの人が亡くなったのだよ」と伝えることが出来るのではないでしょうか?
年の瀬にあたり平和のありがたさと人類光明化への決意を新たにした一日でした。
上の写真は無線塔・下は同じく無線塔全景と浦頭引き揚げ記念公園の記念碑です。
文:城戸 恒雄12月24日

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