日替わりコラム
野の百合の如く
谷口雅春先生御著書『ひかりの語録』(78頁)には「野の百合の生きる道」と題して次のようにあります。

『野の百合の如く自分は生きたい。 野の百合は労(つと)めず紡がない。 野の百合に野心はない。 野の百合は平和である。 野心のあるところに平和は来らない。 世界に平和を持ち来したいという野心にしてもだ。 野心によって平和が来ると思うのは、木に縁(よ)って魚(うお)をもとむるの愚(ぐ)に等しい。 自分も世界救済の導師になろうと思ったことがある。 世界救済の導師となるには、自分をひろく世間にみとめられねばならない。 自己宣伝、手段、方便、策略が続出する。 おお見よ、吾が敬愛する「懺悔の生活」の導師にしても、かれは「懺悔の生活」を説きながら、かれは「謙(へりくだ)りの生活」を説きながら、その機関誌の第一頁を飾るものは、自己吹聴のほかに何があるか。
みずからを謙(へりく)だるものは、黙々(もくもく)として「道」のある。野の百合は講座から「道」を説かない。 かれは唯「道」を生きている。 「道」は近きにある。 野の百合は与えられた谷間に安住して、与えられた養いを吹ながら、みずからに許されただけの美しい花を開いて、枯れる時が来れば黙って枯れる。 かれは与えられた谷間から出ようとは思わないし、与えられない養いを吸おうとも思わない、与えられたままの色と形との花を開いて、天命からハミ出そうとは考えない。 玆(ここ)に「道」がある。 野の百合は「道」を生きている。 野の百合は人を救おうとは思わない。 かれは自分で「道」を生きるだけである。 「道」を問うものがあれば、黙って自分の「生活」そのもので答える(後略)』

5月3日の竹林整備の献労の時に、思いがけず黄色いかわいい花を見つけました。その時に「野の百合の生きる道」という詩を思い出して、私も野の百合の如く″。与えられた環境の中で、今与えられ恵みに感謝しながら、今出来ることを精一杯させて頂こうという気持ちを新たにさせて頂きました。
文・写真:村上 満代5月6日

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