日替わりコラム
このような時代もありました。
私は神社巡りが好きで、あちらこちらの神社を参拝するのですが、時々展示品と申しましょうか奉納品とでも申しましょうか、大砲の弾が納めてあるのを見かけることがあります。
それが八幡様であったり天神様であったりと、神社の種類を問わず見かけるのですね。
見かけるたびに「どんな由来があるのかな?」と不思議に思っていたのですが、先日一つの回答がありました。
それは長崎市の松森天満宮に展示してあった砲弾の横にその由来が記してあったのです。
それによると明治三十七八年役の戦利品にして大捷の記念として納めたと云うことです。揮毫したのは明治四十年当時の陸軍大臣寺内正毅です。
明治維新以来日本は多くの戦火をくぐり抜け時には勝ち、危うい時もあり、そして惨憺たる敗戦を経験し、今の平和な時代に到達いたしました。
勝っては喜び、負けては悲しみの涙を流したその蔭に、再びは帰ることのできなかった人のある事を忘れることはできません。
鎮守の神様に戦勝を祈念し、戦利の品を納め、護国の英霊となった御霊には霊廟を建て、神として祀り、感謝の誠を表してきましたが、やはり戦(いくさ)は迷いと迷いが相討つ姿であり、決してあってはならないことだと思います。
多くの人の犠牲のもとに今の平和があることを考えれば、ただ感謝に頭(こうべ)を垂れる思いですが、戦(いくさ)がなければ人は傷付かずにすんだのに、と思います。
明治以降の戦争の時代を超え、昭和20年8月15日以後は日本は戦火を交えることなく、一人の戦死者も出していません。
世界の全ての国・地域に於いて銃火を納め、互いを神の子・仏の子として尊敬しあい、理解しあうならば、そこに天国浄土が出現するのでしょうね。
その日がくることを心から祈ります。
上の写真は伊万里市大川内山の岳神社の奉納品、下は平戸市の緑岡神社の奉納品、その下は長崎市の松森天満宮の由来記です。
文・写真:城戸 恒雄12月4日

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