日替わりコラム
雨音
 感覚優先の生活を意識し始めて気が付くことは、いかに「今」を生きていないかです。頭は常に何かを考え続け、未来を取り越し苦労し、過去に引っかかり持ち越し苦労してしまいます。「今」神様の世界の真象が現れていても、見えていない、聞いていない、味わっていない、感じていない。五感に意識を集中させ、今を味わうことで、見えていないものが見えてきて、聞こえていない音が聞こえてきます。

 毎朝、神域清掃で顕斎殿の掃除をさせていただいております。今日は雨が激しく降り、「濡れていやだなー」と、意味優先の思考回路が働きかけていました。しかし、フト耳をすますと雨音のリズミカルな音が響いてきました。激しい音になったり優しい音になったり。これまでの人生で雨音はいつも耳に響いていたけれども、聞こえていなかったようです。当たり前の日常の生活に、真象があふれ、気付きが満ちあふれています。

 総裁・谷口雅宣先生著『日々の祈り』神・自然・人間の大調和を祈る「雨の恵みに感謝する祈り」の中で、次のようにお説き下さっております。

 雨は、静かに地上に落ちるとき、やさしく、リズミカルな音を立てる。間断なく降り注ぐとき、川の流れのように響き、激しく降れば滝のような轟音となる。この響きに耳を傾けよう。この音に心を振り向けよう。間断のない規則的な音、転がる響き、快い流れ、低い太鼓の継続音…。同じ水、同じ雨が、これほど変化することに気がつくとき、我は神の無限の生かす力の多様さを知るのである。

 生かそう生かそうとする神の御愛に包まれている自分に気が付き、感謝が出来るように感覚優先の生活を意識したいと思います。

 雨音に耳をすまして神を聞く
 
文・写真:日向 光春7月21日

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