日替わりコラム
栗の収穫を通して教えられたこと
 本コラムの何人かの執筆者が書いておられましたが、総本山には栗園があり、今年は豊作のようです。(私は昨年を経験していないのですが、皆さんそう言われます)私が所属する練成部献労農事課では、8月末からほぼ1日おきに栗の収穫をしましたが、バケツに4杯も収穫できる日があり、担当者は皆、無心になって拾っていました。

 実は私、これまで栗拾いをしたことがありません。イガの中からつやつやした栗を取り出し、イガを端に寄せ、また取り出しと、作業をしながら、ただ「与える」ことに徹している自然の懐の深さに感動を覚えました。

 昨年までは猪さんに沢山食べられてしまっていたそうですが、今年は猪さんが入ってこられないように張り巡らした電線(これに触れても猪がケガをすることはありません。バチっと感じるので来なくなるハズだそうです)がうまく機能したようです。ちなみに、人間と猪はちゃんと棲み分けが出来ていて、山の斜面など、人間が取りに入れない部分は猪さんが自由に食べることができるようになっていて、そちらの栗で満足してくれたようです。

 ある日、一心に栗拾いをしていたら、一緒に拾っている、長期練成員(練成会を10日間受けた後、さらに30日間にわたって研修を受ける人)の1人が、「なかなか前に進みませんね」と言っているのが耳に入りました。それは拾うべき栗が沢山あって、それがここ、あそこに落ちているので、4人で拾っていても前に進まないということです。

 私はその時にふと、考えました。これは人生においても当てはまるかもしれない、と。人生においてなかなか前に進まないときは、目に見えない部分で、沢山学ぶことがあってそれを吸収(収穫)しているのではないか。一見、前に進まない状況の中でも、目の前のことを1つ1つ丁寧にこなしていけば、それは栗を1つ1つ拾って沢山の収穫が得られるように、魂の領域においては沢山のことを吸収し、人として成長することができるのではないか、と。

 そんなことを考えながら栗園を後にして、練成会の参加者の皆さんに提供してもらうため、栗を厨房に運び込みました。

 ちなみに練成会の参加者の皆さんに提供される分の収穫を終えた後は、総本山の家族寮の皆さんが栗を拾えるようになります。わが家も家族で栗拾いをして、茹でて美味しく頂きました。ごちそうさまでした。写真は家族で収穫した栗です。
文・写真:阿部 哲也9月26日

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