日替わりコラム
八重の桜かな?
先月の彼岸の入りの日に長崎県大村市にある妻の実家のお墓参りに行きました。
お天気も良く気持ちよくお参りが出来、ご先祖様も喜んで下さったものと思います。
帰り道に国道側にある大村公園の【大村神社】を参拝しました。
ここは大村氏の居城玖嶋城(くしまじょう)の跡に建立されており、様々な種類の桜や菖蒲に彩られていることでも有名です。
特に天然記念物の大村桜は有名です。
私が参拝した日も桜が咲いて桜祭りの準備が整っていました。
城跡の神社境内を歩いていると旧陸軍の史蹟や軍神の碑などが祀られて、ここ大村は以前は軍都と呼ばれていたこともあったのだと改めて思い知りました。
更にしばらく歩いていると大きな石碑と少年の像が眼に入りました。
石碑には〔戊辰戦役記念碑〕と記されてあり少年の像は〔少年鼓手浜田謹吾〕と記されてありました。
[戊辰戦争(ぼしんせんそう)]は幕末から明治にかけて幕府軍と新政府軍とのあいだで戦われたもので、現在NHKで放送されている[八重の桜]の舞台ともなった内戦でした。
その[戊辰戦争]にここ大村からも多くの兵士が出兵し、多くの帰らぬ人を出しました。
その帰らぬ人の中に〔浜田謹吾〕少年の名がありました。
新政府軍の先頭に立ち鼓手として太鼓を打ち、軍を奮い立たせる活躍をしましたが、雨霰と降る弾丸にその14才の命を華と散らしました。
いまわの際に「おかあさん・・・」と母の名を呼び息絶えたと碑文には記されてあり、また、浜田少年の懐からは無事を祈る母からの切なる手紙が発見されたと云うことでした。
[八重の桜]の舞台となった會津若松の鶴ケ城でも親子の悲劇が起きました。
母を想う子の心と、子の無事を祈る母の心を知るにつけ、平和であることのありがたさを感じるとともに、これからの時代に戦乱をもたらさないように信仰の深化に努めなければならないと固く誓ったいちにちでした。
上の写真は大村神社の鳥居です。
文・写真:城戸 恒雄4月4日

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